2012年 05月 12日
高崎から下仁田まで東西33.7kmを結ぶ上信電鉄。
明治28年(1895年)に上野(コウヅケ)鉄道として開業された路線は、当初、終点下仁田からさらに先、余地峠を越えて佐久鉄道(現:小海線)の羽黒下駅まで延伸する計画がたてられ、上信電鉄と改称されたという経緯があります。

しかし不景気のせいもありその計画は頓挫。越えたい山は険しすぎました。

その上信電鉄と並行して走るのが国道254。そうです、あの川越街道です。ということは板橋辺りからぽくぽくと歩けば、その道は下仁田へと繋がっているし、さらには長野県佐久市までにもたどり着くことができちゃいます。いつもの道は知らないところへと続いていて、歩き続ければ新しい発見がある、そういうのってロマンチックが止まらない。こういう感覚を私はCCB状態と呼んでいます。

終点下仁田。

眼下には鏑川源流。この水流は途中合流しながらやがては偉大なる坂東太郎、利根川へと注がれます。

どこへ行くアテもなかったので、とりあえずヘイ、タクシー。
運転手さんに下仁田の見どころを聞いてみると、
「なんもね」との簡潔回答。
オーマイガー。
ここまで来たっつーに。それでは、ということで比較的近い道の駅へ。
下仁田といえばネギかこんにゃく。ネギは次回のお楽しみ、今日のところはこんにゃくを。これがまたうまい!こんやくってこんなにコリコリいやサクサクしているものだっけか。咀嚼すると鼻からぷーんと土のような匂いがぬけるものまた素朴でグー。素材の味、生きすぎです。

それと下仁田駅が最寄、日本で最初の西洋式牧場である神津牧場のソフトクリームは、甘くなく、シャージー牛のコクが醸し出す深い味わいが魅力。これまでのソフトクリームはなんだったんでしょう、と思わせるほど美味。

下仁田はこんにゃくとソフトクリームを食べるには最高のところです。
明治28年(1895年)に上野(コウヅケ)鉄道として開業された路線は、当初、終点下仁田からさらに先、余地峠を越えて佐久鉄道(現:小海線)の羽黒下駅まで延伸する計画がたてられ、上信電鉄と改称されたという経緯があります。

しかし不景気のせいもありその計画は頓挫。越えたい山は険しすぎました。

その上信電鉄と並行して走るのが国道254。そうです、あの川越街道です。ということは板橋辺りからぽくぽくと歩けば、その道は下仁田へと繋がっているし、さらには長野県佐久市までにもたどり着くことができちゃいます。いつもの道は知らないところへと続いていて、歩き続ければ新しい発見がある、そういうのってロマンチックが止まらない。こういう感覚を私はCCB状態と呼んでいます。

終点下仁田。

眼下には鏑川源流。この水流は途中合流しながらやがては偉大なる坂東太郎、利根川へと注がれます。

どこへ行くアテもなかったので、とりあえずヘイ、タクシー。
運転手さんに下仁田の見どころを聞いてみると、
「なんもね」との簡潔回答。
オーマイガー。
ここまで来たっつーに。それでは、ということで比較的近い道の駅へ。
下仁田といえばネギかこんにゃく。ネギは次回のお楽しみ、今日のところはこんにゃくを。これがまたうまい!こんやくってこんなにコリコリいやサクサクしているものだっけか。咀嚼すると鼻からぷーんと土のような匂いがぬけるものまた素朴でグー。素材の味、生きすぎです。

それと下仁田駅が最寄、日本で最初の西洋式牧場である神津牧場のソフトクリームは、甘くなく、シャージー牛のコクが醸し出す深い味わいが魅力。これまでのソフトクリームはなんだったんでしょう、と思わせるほど美味。

下仁田はこんにゃくとソフトクリームを食べるには最高のところです。





























































